43章 本日晴天旅日和
「それじゃ、お世話になりました」
数分前、昨日カースさんの屋敷に戻った記憶はなかったのに朝起きると私はシングルベットの中にいた。
横には鈴実とレリの寝てるベットがあって、二人の間に挟まれていた。
私はルシードさんと一緒に歩いてたんだけど、そこから先の記憶は抜け落ちてた。ごっそりと。
でも、朝起きた時にはそこまで考えがまとまってもなくて。えーとね、つまり。
あれー、と思っている間に靖が部屋に顔を出してからは慌ただしく屋敷を出ていた。
で、今は砂漠に面した町の郊外で鈴実がカースさんにお礼を述べてる。
ルシードさんにお別れの挨拶しておきたかんだけどなあ。私は此処に来るまですっかりそのことを失念してた。
眠気のせいだと思う。こうしてなんとか記憶の不自然さを直そうとしてる今も意識がはっきりしない。
「おーい、清海?」
ぼーっとしてると大丈夫かよ、と靖が私の顔を覗きこんできた。多分大丈夫じゃない。
でもそれを言うにも舌足らずで言葉は声にならなかった。
「んーっ……」
「しっかりしろよ。な!」
靖が私の背を叩いた。また叩く。それで少し、目が覚めた。
まだ叩く。私が何言おうが言わまいが一定の間隔で。ちょっと背中が痛くなってきたよ。
「ん、そだねー。わかったからさー、秒刻みで背中を叩くの止めて」
「やりすぎてケンカにならないようにね」
「心配すんなって、美紀! ん? そーいやキュラとレリはどうした?」
え、キュラとレリいないの? 私はまわりを見回した。確かに、二人の姿がない。
どの方向を向いても見つからない。レリのボサボサ頭もキュラの金髪と緑の変な髪も。
カースさんの屋敷を出た時は今よりもっと眠たかったから二人がいないなんて気づかなかった。
そういえばレイもいないけど。でも、レイって見送りに来るような事しないと思うから、あんまり不思議じゃない。
そう、それがレイらしいよね。きっと、昨日のあの時の言葉は聞き間違い。見送りに来るわけもないよね。
「レリなら今、逃げたキュラを追いかけてるわ」
「えっ!?」
鈴実が横からあっさりとそう言ったことに、私と靖は目を見開いて顔を見合わせた。
キュラ、なんで逃げるの? 私と靖の考えていることは同じだった。
「なんでだよ。俺ら何かあいつの嫌がる事したか?」
「そういうことじゃないと思うけどな」
多分、昨日暴走したことを気にしてるんじゃないかな。私とレリ以外、皆はその事を知らない。
鈴実は勘が良いから気づいてるかもしれないけど。だけどそれだけで逃げちゃうなんて、ねえ。
他に何か理由があるんじゃないの? このメンツと旅するなんて気力が持たないとか。
「……あ、でもそうかも」
「心当たりあるのか? 俺はないぞ」
「靖とレリがキュラを引きずって歩いてたからじゃないの」
「そ、それはないだろ」
「うん。やっぱり、それくらいで逃げたりしないよね」
昨日のキュラに魔法ぶちかましてた人から逃げるならともかく。キュラの感覚はちょっとわからないなー。
あれ? なんで靖、胸なで下ろしてるの。心当たりないんでしょ。
「そもそも、靖。あんたがキュラの姿が見えないって言うからレリが追いかけたんじゃない」
「え? 俺は先にそっちの部屋に行ってるんじゃないかくらいのつもりだったぞ」
「あたしもそう思ったんだけどね。レリはキュラが逃げたって血相変えて屋敷を飛び出していったのよ」
「こっちの話を最後まで聞かずに探しに行くもんだからレリに都合を合わせざるを得なくてね」
町のどこから砂漠に入るかだけは知ってただけに、先行して待つしかなかった。
もしもレリが此処に来たとき誰もいなかったら砂漠の先まで進みかねないから。
「あー、確かに。レリだったら十分あり得るね。前にもそんなことあったし」
「あの時は山頂で私たちが追いつくまで気づかなかったものね、あの子」
海外育ちは行動力が違う、と呆れ半分に納得したもんだけど。それが今回もあると大事だよね。
行方不明者の中にレリがいるからこそ朝早くから屋敷を出た、と。
「しっかしなー。その反対にレリが来るのが遅すぎてもなんだよな」
「ほほ、心配せんでも良い。レイを回しておいた。のぉ、メーディラ」
「そうね。あいつの足の速さだけは信用できるわ」
「え。レイが?」
レイも今キュラを追っかけまわしてるの? レリと一緒に?
メーディラさんとカースさんしか見送りにいないのは興味ないからかと思ったけど。
「あいつ、じいちゃんの命令には逆らわないから」
メーディラさんが親指と人差し指でこれっくらいぎりぎりでね、と付け加えるからキュラの身が心配になってきた。
だって鉄拳のレリに加えてあのレイだよ? まさか捕まえなきゃいけない相手を殺すことはないと思うけど。
でも峰打ちにするレイなんて見たことなかったし、それこそ死んでなければ良いっていうような方法で捕まえそうで。
ほんとに大丈夫かな、キュラ。大人しく捕まったほうが良いよ、レリに。まだあの鉄拳のほうがマシだと思う。
「あ、レリが来たな」
遠目に、靖の指差す方角に人影が見えた。言葉の通りにレリともう一人。レイもいる。
剣に血が付いてたりとかしないよね、担がれてる人血流して死んでたり……しないよね?
「ホントだ。レイが誰かを肩に担いでるってことは」
靖は美紀と鈴実のほうを向いた。美紀はうんうん、と頷いていた。
「キュラが担がれてる、ってことはつまり」
「またレリの奴……」
「よくやるわよねー」
「いや、だからそれよりキュラの容態は!?」
「靖。キュラが目を覚ますまで、がんばって引きずってね」
私の焦りはあっさり無視された。皆レイの危なさわかってないよ。
そして美紀と鈴実の手は、無情にも靖の両肩をポンと叩いた。怪しい笑みを浮かべて。
「起きるまでって……砂漠ん中を引きづるのか!?」
「文句があるならレリに言うこと。キュラを毎回歩けるのに無理やり引きづってたのは誰と誰だった?」
そう鈴実は言い放って、それ以上靖に言わせなかった。日頃の行いが無言でものを言ったよ。
そんなやり取りの間にレリとレイはもう近くにいた。二人とも距離を詰めるのが早くて。
「レーリー。お前なぁ、なんでもかんでも気絶させて終らせるなよ」
「今回はあたしじゃないよ、この人がキュラを気絶させたんだから!」
そう言ってレリはびしっとレイを指差した。みんなの視線がレイに行くこと数秒。
ああ、やっぱり。私の予想だけ的中した。絶対、レリよりレイの方が足速いと思ったもん。
そのレイは今日も目つきが鋭い。ちなみに赤くなったり青に戻ったりする目は今は青。
キツイ目つきのレイを見て数秒、それも充分有り得るかと皆は納得していた。
「じゃ、バイバイ」
私は手を振ってレイにさよならをした。カースさんとメーディラさんには、たくさん皆でお礼を言った後だから。
レリと靖が言い合いをしながらも二人でキュラを引きづって歩き始める。
靖の横で美紀がそれを宥めつつ面白がってる。鈴実は美紀の横で適当に相槌を打ちながら歩いてる。
私もレリの横で2人の言い合いに時々口を挟んでる。砂漠越え、かぁ……耐えれるかな?
とりあえず真夏じゃないし、水はレリがいれば問題ないだろうから死んだりすることはないと思うけど。
でも、想像を絶することが起きそうで不安はあるけど。でもね、そんなこと言ってたら何も出来なくなっちゃう。
だから……キュラが早く目を覚ましてくれると良いんだけど。あ、砂漠でいきなり逃走劇とかはナシでね?
結構物知りらしいから、いろいろと砂漠について教えてくれるよ、きっと。もう逃げないでくれればだけど。
街の外れから砂漠へと続く砂地を歩きながら、一端考えがまとまって。頭もすっきりして。
私は鈴実に話かけようとした。その時、
「……清海」
え? レイが私の名前を呼んだ。私だけが歩みを止めて振り返る。手に何か持ってる?
まだそれが見えるくらいしか、歩いてない。でも近くはない距離が私とレイの間にはあった。
突き出すよう伸びた握り拳の上になにか乗せられていることが、辛うじてわかるくらいの。
『キィンッ』
レイの手からなにかが空中高く弧を描いて、私のもとへ。綺麗な放物線をえがいて飛び込んでくる。
それが太陽の光に強くぎらついて、私は両目を瞬かせた。その間に距離はなくなっていく。
私は反射でその何かを受け取った。掴んだ両手の中にあったのは、銀の。
「指輪? 清海も意外とやるわねー」
え!? い、いつの間に美紀、私の横に。その右では相変わらず靖とレリが言い合いをしてる。
「違うよ。これは前、私が欲しいって思ってた……」
カースさんの屋敷へ向かう、途中に見かけた指輪。あの時欲しいなーってみてたお店の物、だよねきっと。
それくらいしか思い浮かぶことがない。でも買うお金がないから諦めたんだよね。
その時カースさんがレイに結ばせた約束があったっけ。レイがまともに取り合ってるとは思えなかったのに。
レイ、覚えてたんだ。いつ買ってくる暇を見つけたんだろう。今日の朝かな、それとも昨日?
ない時間を探して買ってきてくれるくらいには、私とレイは仲良くなれたのかな。
そう思った時、私は自然とレイを見て叫んだ。ちゃんと声が届くように。
「レイー、ありがとう!!」
私が叫んだ時には、もう踵を返してたけど、レイは一瞬、振りかえって私を見てくれた。
「元気でねー!」
すぐに、また去っていっちゃう。何も言わないで。でも、代わりに右手をあげた。
何故か、さっさと行けってその上げられた片手が言ってる気がしたけど。
だけどそれがレイだから。レイはやっぱり、そういうところがレイらしくて。
ミレーネさんはそういうレイをずっと、大切に思ってたのかなーって。
私は先に進んでるみんなに追いつくために走った。
貰った指輪を無くすことのないように指にはめて。
それは少しだけ、今の私には大きかったけれど。
「行ってしまったのぉ」
「まあ、がんばってもらわないと。レイは砂漠越えられないし」
じいさんとメーディラがぽつりと言った言葉を、俺は逃さなかった。耳は常人より良いから必然的なことだ。
ようやく行ったか、あいつは。意外にもあいつとの付き合いは短い日数だったが長かった。
だが、じいさんが言ってた物は渡した。これでもう、じいさんに朝から回りくどく言われることはないだろう。
これで全てにケリがついた。終わりだ、あいつとの関わりは。
「ところでレイ。あんた一体どういう風の吹き回し?」
俺の横にメーディラが並び、聞きだそうとする。じいさんの次はこいつか?
「じいさんが煩かったからな」
理由を述べても、メーディラは納得していなかった。別にわからなくて良い。
「そんなことじゃなくて! あんた自分がやったことの意味わかってる!?」
俺の胸元を掴みかかろうと手が伸びる。だが、わざわざ掴まれてやる義理はない。
それを避けると奴の目は俺を睨んだ。何故そういうことになるのか。
メーディラの疑問は怒りにすり替わっている。意味とは、あの指輪のことか。
「それがどうかしたか」
指輪を渡した意味は、約束を果たせ、ということ。
あの指輪には約束を果たさせる為の守護が封じ込まれている。
あいつらには何が何でも砂漠を越えて帰って来て貰わなければならない。
「あんたって奴は! さらりと言うことじゃないわよ!」
「どうでも良い」
「ど、どうでも良いってあんたねぇ他人の自由を奪ってまでやることじゃないわよ!」
「ほっほほ……ま、良いじゃろ。これでレイへの許婚願いのほうは片付いたしの」
「じいちゃんそれはあんまりじゃないの、清海ちゃんに悪いわよ!」
白く長いひげを撫でながら朗らかにじいさんが言った。
じいさんの権力目当ての連中がこぞって己の娘をと言い寄ってきていたからな、俺に。
時折俺がじいさんの代理をしているというだけで。
実情は俺が最もじいさんにとって使い勝手が良いからに過ぎない。
だが、連中にはそんな些細なことは関係ない。
俺の他にも代理を勤める者はいるがそいつらは既婚者ばかり。適齢期もとうに過ぎている。
十四にもなれば貴族の男としては所帯を持つことは何らおかしなことではないそうだ。
メーディラもじいさんの孫という事で言い寄ってくる連中は多いが。
「厄介ごとが減ったから良いだろうが」
「はぁっ? 二人揃って披露でもしなきゃ言い寄られることに変わりないわよ!」
「その点について抜かりはない」
俺は昨日のあの場で言い切った。これでもう言い寄ってくる奴はいなくなる。
いたとしても完全に断れる理由と証拠も出来ている。あいつもうまく演じていたからな、あの時は。
どちらかが破棄しなければ一生許婚のままだ。この国の制度で重婚は許されない。
たとえ、婚約しているだけでも。はめたと思われようがそれはそれで良い。
あいつはこの国の人間じゃない。旅人だ。
俺と結婚したくなければ、帰って来なければいい。故郷がこの国じゃないのなら簡単なことだろう。
「昨日、玉座の前であいつを許嫁と言っておいた」
「え……ホントに? あんた」
この一言にはたいそうメーディラは驚いた。瞠目すると共に歩みが止まっている。
こいつのことだ、また激怒するかと予測したのだが。
「そこまで驚くことか」
何か変だな。普段あれだけ適当でいいから嫁を決めろと喚いていた奴が黙った。
「……おお、そうじゃ。そういえばあの木が復活してのぉ」
「あの木?」
声が二つあった。それは俺のものともう一人。だがメーディラじゃない。
まだ、城から抜け出て城下をほっつき歩いているのか。
「カイ君!? 一体いつの間に」
声の主はこの国の現国王、カイルーンだった。言葉の上では、だが。
即位してまだ一年と経たない為、平民にはあまり知られていない。
式典で顔見せをするまでの残り僅かの時間を謳歌しようと毎日のように城の公務を投げだしている。
どうせ、その式典も抜け出すんだろうがな。往生際の悪さには呆れるだけだ。
「じいさん、もう体動かしても大丈夫なのか? ルネスがじいさんの心配はいらないとか言ってたけど」
あの魔帝が? じいさんを見ると、相変わらず笑みを浮かべていて何も読めない。
やはり、そうか。そこまでのことも仕組んでいたんだな、あんたが。忌々しい。
「そうじゃよ。じゃが、今日からまた城へ行かねばならんのー」
「え!? どういうことよ辞職したんじゃなかったの」
『ゴンッ』
慌てたメーディラは近くの建物の看板に衝突した。よほどじいさんが屋敷に居ないのが嫌らしい。
その割にはじいさんが行方不明となり、次いで魔帝の部下に投獄されていた時も慌てはしなかった。
たとえ祖父が攫われようと気にしないのに、何故そんなことで頭を打つほど動転するのか理解出来ない。狂ったか。
「魔帝はわしの代理を務めたに過ぎんよ。わしには束の間の休息であったがの」
「お、おい? メーディラ、大丈夫か?」
メーディラはじいさんが復帰することが確実とわかり、動きがまた固まってしまった。
カイルーンが目の前で手を振っても飛んだ意識は戻ってこないようだ。
誰かに攫われようが公務で城に出掛けていようが、じいさんが留守であることに変わりはないらしい。
余程じいさんの不在が堪えるのか。何も、じいさんがいなくともばあさんはいるだろうに。
「っていうかお前だ、お前。俺、お前に用があって来たんだった。昨日の話はホントなのか?」
俺を睨むようにして見上げる。だがその目には何も畏怖を感じることはない。
普通の子供とまったく変わりはない。なんの苦労も味わったことがない奴にはこれが限度だからな。
「昨日の話とは、清海とレイが許婚と言うことかの?」
「うん、それ。……冗談だよな?」
顔には信じたくない、と書かれている。だが、今嘘だと言えば厄介払いができない。
それは俺とじいさんの共通する考えだ。じいさんは白を黒だと必ず言うだろう。
「いいや。本当のことじゃよ」
俺が口を開くまでもない。じいさんも厄介払いをしたいのだから、当然だ。
「だったらすぐ破棄しろ! あいつは、その……俺が、先に」
顔を赤くして、カイルーンが言葉を詰まらせた。俺が厄介払いの為そうしたことに不満があるのか、こいつも。
何なんだ、一体。メーディラといいこいつといい、直接は口にしないというのが煩わしい。
「無理じゃよ、王の権力を賭しても無理なのじゃ」
「なんでだよ! 王様は一番偉いんだぞ。命令すれば……」
すれば、という部分でカイルーンは俯く。そこまで出来るほどの力が己にはないことくらいは自覚している。
可能だとしても命令してはならないことだということも理解がある。わかっていても口にするのは未熟さか。
だが、そうであっても何故かじいさんはこいつに甘い。単に否定するだけで終わるわけもなかった。
「ほほ……月光樹が復活したのじゃよ、誰であっても無理じゃ」
月光樹といえば昨日、清海が根本にいたあの木のことか。
しかし俺はそれをじいさんに言った覚えはない。じいさんは情報を掴むのが早い。
何処の誰がそんなことを報告する必要があると思ったのか甚だ疑問だが。
「え、神木が復活したことは……あいつと何の関係もないだろ?」
「月光樹が定めたことは破れんよ。清海とレイが復活させたのじゃから」
月光樹はよみがえらせし者と盟約を結ぶ、とは聞いたことがあるが。
あいつは何か結んだのか? 俺とは何ら関係のないことのように思えるが。
「あの木に宿る精霊がそう認めてしもうたからの。もはや何人たりとも取り消せん」
カイルーンの肩にメーディラが手を置いた。あの時の声の持ち主が何をほざいたかは知らん。
だが神木の及ぼす力がどれほど凄まじいかはこの国の歴史を知る者ならば、わかる。
「カイ君、諦めなさい。さっきレイ、指輪も渡しちゃったの。それを清海ちゃんは受け取った」
「そんなぁ……俺、俺」
指輪を渡すことの意味はこの国の者なら誰であろうと知っている。受け取るのは承諾を意味する。
俺にそんなつもりはない。そしてあいつは意味なんて知らない。この国の人間じゃないからな。
「お前さんはよりどりみどりなのじゃから、のう」
朗らかにじいさんが笑った。相変わらずよく笑う年寄りだ。
俺はふと空を見上げた。今日の空はよく晴れている。
こんな晴れた日に、あいつが砂漠の民族と遭遇しなければ良いが。
「と・に・か・くっ。俺はそんなの認めないからな!」
しつこい。それはもう何度も耳にしている。いい加減タコができそうだ。
此処までしつこいと、何も言えなくなる言葉を投げかけてやろうかとさえ思った。
「お前に認められまいが変わらない」
そう言えばむきになって反抗してくる。これをじいさんは可愛げのあるとか言うが、どこが良いのか。
ガキのないものねだりというやつだろう。諦めが悪い。それもあって俺はこいつを好かない。
「ぐあー! だからせめての負け惜しみなんだろーが!」
「カイ君、それを言ってはおしまいよ」
「うぐ……メーディラまで言うのかー?」
メーディラの一言のほうがよほど堪えるか。当分、こいつは諦めそうにない。
俺はひとつ、ため息をついた。徹底しておけば、黙るだろうと叩きのめす言葉を吐いた。
「あいつはもう俺のものだ」
「!!」
「ほほ、言い切ったのぉ……」
カイルーンはともかくメーディラも固まった。これでいい加減カタをつけたいところだからな。
こいつにだけは騙しきる。あれが嘘だと貴族連中にバレようものならまた後々が面倒だ。
「んな、んなな……う、嘘だぁ――!」
絶叫するカイルーンが何を考えたんだか知らないが。
あいつは何故か殺せる気がしなかった。こいつらは別としてあいつ、清海だけは。
利用したら後をどうするかとは考えてもいなかったが。まあ、良い。
これからも利用するだけでそれ以外のものは何もない。
そういえばずっと行っていない場所があった。なんだかんだであの日以来か。
「終った」
二年ぶりにやって来たのは墓場。父さんたちの埋められた場所。姉さんの墓もここにある。
ただ、三人と違って姉さんのだけは骨も埋まっていない。本当にただ碑銘の刻まれた石が安置されているだけだ。
『カサ……』
左手にたずさえた花束たちをそれぞれ墓標に一つずつ置いた。育ての両親と義理の姉さんと、血の繋がった弟。
二年前、魔帝が現れて俺以外は殺された。あいつの狙いは俺とファルだけだったのに。
少しの間とはいえ、育ててくれてありがとう。俺に言えるのはそれだけしかない。
二年前と変わったことは、あまりない。まだ時間が経過したという感覚はないせいか。
あるのは、今ならばあの時ファルが笑っていた意味も理解できるというくらいの変化。
昨日のうちに、二年前のことはすべて片付けられてしまった。
結局、俺の手で仇はとれなかったよ。ごめん……本当は、誰も望んではいなかった。
きっとあの人たちも弟も、姉さんと同じで普通に生きることを言えるのならそれを願ったと思う。
だけど、したかったんだ。あの時の生きる活力は、そうすることでしか見いだせなかったから。
あいつは死んだ。だからもう仇をとることはできない。
そうわかっていても今はまだ、それに対する悔やみはある。魔物の血の性は消えない。
でも、今も何故あの瞬間に姉さんはあいつを庇ったのかわからない。
何故、魔帝が同族に引き裂かれようとしていたところを助けたか。
理由はわからない、でも事実は目にした。紛れもなくそれが姉さんの意思だった。
これで、することがなくなった。
この二年、俺はただただあいつを討つことだけが目的だった。
だが俺がそれまでにしたことを考えると、後には引き下がれないんだ。
俺は己で選んだ道を後悔することはしないようにするよ。
だけどもう、終ったんだ。それについては安心して欲しい。
これが届くのかはわからない。それでも伝えたくなって、二年ぶりに此処へ来た。
風が背の髪を掻きまわし、少しばかり強い風が頬を撫でた。
その風に、今日は――。一つの面影があるように思えた。
あいつに渡した指輪には守護以外にもう1つかけられていた。時が来ればそれ何かあいつもわかる。
死ぬことはないと思うが。あの強運さがあれば、おいそれと死にそうにない。
この世の無常ささえも、笑って通り抜ける。……それでも人であることに変わりはない。
確証を増やす要素が欲しくてあいつにやった、ということもある。不覚ながら。
どれだけ闇に堕ちようと、結局人間の性を捨てることはなかった。
案外あの時あいつに向けて放った言葉は嘘じゃないのかもしれない。
そうだとすれば、俺は本当にあいつを嵌めたということになるが。
何だろうと良い。その気がなければ俺のもとに来なければ良い。
厄介払いのためにせいぜい指輪の話に真実味を持たさせてはもらうが。
3幕終 NEXT
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